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日本人ビジネスマンにとっても、また、観光に出かける人たちにとっても、最もなじみの深い中国の都市が上海。ニューヨークさながらの高層ビ群ルとショッピングモール、そしてグルメの町の中にも、カトリック教会がたたずんでいます。それらの教会がそして、上海のカトリック信者が、初代中国人カトリック信者から信仰を受け継いでいることを知る日本人は少ないかもしれません。けれど、その歴史を知り、そして、その信徒の方々と共に祈る時、歴史に耐えてきた大きな宝を感じることができるのではないでしょうか。上海には多くの歴史あるカトリック教会が現存しています。その中のいくつかを紹介してみたいと思います。ぜひ、訪ねてみてください。
徐匯区(XU HUI DISTRICT)
聖イグナチオ教会(徐家匯教会と通称されている)
住所 上海市徐家カラ蒲西路(Pu Xi Rd.)
電話 021-6438-2595
徐家匯(Xu jia Hui)教会の沿革
徐家匯カトリック教会は「神の母」に捧げられている。徐家匯は当時、徐光啓(Xu Guang Qi)の一族はこの地方に住んでいた。徐氏とは大変有名な学者で1603年洗礼をうけた。洗礼名はパウロだった。徐家匯カトリック教会は1906年から6年間かけて建設されたものである。文化大革命の後1979年11月1日に、教会は正式に再開され、1982年のクリスマスの前に二つの尖塔が建て直された。
徐家匯教会への行き方
徐家匯地下鉄駅、トロリーバス26はBundから市の南西部の徐家匯へと通じている。
光啓公園(Guang Qi Park)
住所: 南丹路(Nan Dan Road)
徐家匯大聖堂から蒲西路(Pu Xi Road)を南西に5分歩き、南丹路を南西に5分歩き、南丹路を右にまがる。
光啓公園の略歴
徐光啓は中国における最初のカトリック信者の一人であった。1562年、上海に生まれ、中国の現代科学の先駆者として知られている。南部地方の身分の低い教師であったが、次第にその頭角を現し、ついには式部省の頭となり、明朝の宰相となった。
生涯を通じて、徐氏は自然科学、天文学、数学などに深い関心を示した。青年の頃、彼は有名なイタリア人イエズス会士マテオ・リッチと出会い、彼の学徒の一人となった。彼は、マテオ・リッチと共に数学や天文学、後には工学(応用科学)の分野の著作を翻訳した。中国の学生たちが使っている幾何学の教科書はギリシアのユークリッドによって書かれた基本要素の徐氏による翻訳に基づいている。彼の遺骨は1934年に上海近郊の徐家カラに葬られた。彼の中国風墓石の傍らには当時の教会から寄贈された十字架も立てられている。上海の人民政府は、徐氏の墓地を修復し、彼の墓のある南丹公園の名称を光啓公園と改め、徐氏の御影石でつくられた胸像の除幕式も行われた。
嘉定区(JIA DING DISTRICT)
楼塘(Lou Tang)の聖ペトロ教会
住所 楼塘鎮人民街(Lou Tang Zhen Ren Min Street)
その沿革
嘉定区は17世紀初期の最初の宣教拠点であった。パウロ徐光啓に洗礼を授けたポルトガル人のイエズス会宣教師John de Rochaは1616年の迫害を逃れてこの地に到り、教会を建設した。
嘉定出身の偉大な学者孫元化(Sun Yuan Hua1581-1633)は徐光啓の影響をうけて、北京でカトリック信者となった。1621年に故郷に戻った彼は、教会を建て、イエズス会士たちのために10部屋ある住まいを提供した。この場所は、信徒使徒職の養成所となり、外国人の宣教師たちの語学学校となった。1627年に、嘉定で会議があり、「神」をどのように翻訳すべきかを議論した。
新しく修復された楼塘教会は、もともと孫元化によって建てられた場所にあると思われる。
盧湾区(LU WAN DISTRICT)
聖ペトロ教会
住所 重慶南路(Chong Qing South Rd.)270号
電話 021-6467-8080
この教会は長い間、若者たちの活動拠点「文化の殿堂」として使われて来た。1995年に再び開かれた。
光啓リサーチセンター(Guang Qi Research Center)
住所 重慶南路(Chong Qing South Rd.)270号1F
電話 021-6467-0200
1984年の前半に上海「光啓社」は、正式に翻訳とカトリックの書籍の編集の仕事に取り組むことになる。書籍のみならず、定期刊行物をも手がける。
1)1985年12月から1995年12月までのカトリック公式文書、聖書研究、典礼学、教会学、教会史、ヴァチカン公会議の教えなどの貴重な文書を提供して40にあまる出版物を出している。
2)海外の教会の活動を報じるChurch Overseas FortnightlyはTabletや他の外国の出版物翻訳も紹介する。
虹口区(HONG KOU DISTRICT)
イエズスの聖心教会
住所 上海市南潯路246号天主堂
電話 021-6325-0524
Bundから来ると、蘇洲河(Su Zhou River)の橋を渡って広い長治路(Chang Zhi Road)を北東に歩き四つ目の交差点が南潯路(Nan xun Road)、教会のある通り。
黄浦区(HUANGPU DISTRICT)
董家渡(Dong Jia Du)教会(聖フランシスコ・ザビエル)
住所 上海市董家渡路185号
電話 021-6378-7214
Bundの和平賓館(The Peace Hotel)の前からNo.65のバスに乗り、南に向って5番目の停留所が董家渡。古い町並みを西に抜けて歩くと右側に教会。
張家楼(Zhang Jia Lou)イエズスの聖心教会
住所 金橋鎮紅楓路(Jin Qiao Zhen Hong Feng Rd.)151号
電話 021-5887-0006
その沿革
張家楼は240年以上の長い歴史を持つ教会である。1744年に最初に建設されたのは、清朝の皇帝乾隆(Qianlong)在位9年目のことであった。そして、清朝同治4年の1865年に再築された。1848年には、張家楼神学校が設立された。19世紀半ば、それは、唯一、その名にふさわしい神学校であった。1849年9月11日、フランシスコ会のLouis Spelta神父は、張家楼カトリック教会の江南教区の補佐司教として受任された。彼は張家楼を任地として浦東(PuDong)の多くの僻地教会の責任者となった。浦東には70以上もの僻地教会があり、12000人もの信者がいた。新たにされた張家楼カトリック教会は、1985年11月28日蒋敏声(Jiang Min Sheng)神父によって献堂された。2003年には、張家楼教会は新たな場所に再建された。新しい教会は聖心の祝日に、厳かに再開された。
金家巷(Jin Jia Xiang)無原罪の御やどり教会
住所 洋涇西漕新村(Yang Jing Xi Cao New Estate)
電話 021-5833-4804
聖アンドレア金 記念碑
1845年8月17日アンドレア金は最初の韓国人神父として、この教会で叙階された。この若い神父は、韓国に帰った後の1846年9月16日に殉教され、1984年に列聖された。この教会は2001年3月に都市開発のために破壊されたため、彼の遺物はルルドの聖母教会に移された。
シャ山 (She Shan)
シャ山巡礼地
シャ山は西霞山(Xi Xia Shan)としても知られ、東と西に分かれている。最も高いところで海抜100メートル、周辺9マイルの山だ。豊かな森に囲まれ、曲がりくねった道や小川のせせらぎが人を誘う。古くからの伝統によれば、ここには昔、「シャ」という名の隠遁者が住んでいた。そこかシャ山と呼ばれるようになった。宋(Song)の時代にはそこかしこに大小の寺院があった。普照寺院の遺跡である塔が、いまだに残っている。1720年、清朝の皇帝の康熙の在位59年目に皇帝自ら南下してこの地に来て、この山を「蘭笋山」(Lan Sun Shan)「青々とした筍山」と名づけた。
丘の麓の正門の記念石には「キリスト信者の助け」という文字が刻まれている。石段に沿って中ほどまで登るとそこに教会があり、更に登りつめて最初の広がりの場所に行くと1907年に建てられた主の御苦難の園の像がある。道に沿って14留の十字架の道行きが見られる。
シャ山への道順
西駅から一時間毎にバスが出ている。シャ山まで1時間。上海の南にし40キロ。タクシーを利用することもできる。
シャ山の丘の上のマリア大聖堂
場所 キリスト者の援けなるマリア大聖堂
電話 021-5765-1658
1863年に上海のカトリック教会は、シャ山の西側に住宅を建てるために土地を買った。1866年8月、聖母マリアのための六角亭が建立され、祭壇が置かれた。1871年には、岡の頂上に「キリスト者の援けなるマリア聖堂」が立てられ、聖母をその保護聖人として。1873年に完成。現在ある聖マリア聖堂は1925年に着工され、10年かけて完成された。この聖堂の設計と施工を行ったのはポルトガル人のDiniz神父である。バジリカは西向きに建てられている。その大きさは、東西に56メートル、南北に25メートル、アーチ型の屋根の高さは17メートル、塔は38メートルある。聖堂は十字架の形をしている。祭壇は大理石で、聖母マリアの像は祭壇の中央に安置されており、人々の視線を集めている。文化大革命の間、シャ山大聖堂の独立性は失われ、他の団体などに利用されていた。
1981年3月、上海市民政府は「信教自由政策」実践のため、シャ山大聖堂を上海カトリック教区に返還した。上海教区は政府と関係者の協力を得て、活動が行われる箇所のすべてを修復した。毎年聖母月の5月には、香港、マカオ、台湾をはじめ、世界中のカトリック信者たちが巡礼に訪れる。シャ山の保護の聖人「キリスト者の援けなるマリア」の祝日にあたる5月24日は、毎年盛大に祝われる。
終わりに
この案内でもそうですが、中国で中国人に道を尋ねた時、このような経験をしたことはないでしょうか。「ああ、その建物なら、ここから南東に5分歩いて、それから西に10分だよ」「南東?」「西?」「どうやって分かるのかしら?」このように、中国で道を尋ねると多くの場合、方角でその場所が示されます。案内書でも同じです。「○○駅から東へ10分、北へ3分で目的地に着きます」など。中国人同士だとそれで十分なのか、「ありがとう」と言いながらそのまま方向を定めて進んで行きます。日本人の友人と「中国人の頭の中には方角磁石が付いているとしか思えないね。」と笑っています。中国をお訪ねになる方々には「日中辞典」とともに「方角磁石」をお持ちになることをお勧めします。
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