邂 逅

CTIC亀戸 宮本 信也



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 赤と金を基調とした華やかな飾り付けの中で、法被(はっぴ)を着込んだ日本人青年が、中国センターのメンバーが夜を徹して仕込んだ料理を、おいしそうにほおばる。横で、中国人の青年が携帯電話で記念撮影に興じる。2007年2月18日、イエズス会中国センターの春節のお祝いは、例年通りにぎやかに行われた。今年もお招きにあずかり、楽しいひとときを過ごさせていただいた。

 祝賀パーティーに先立つミサは、中国語で行われたが、日本の友人らのための共同祈願が日本語で行われた。「主の平和」のあいさつでは、日本語と中国語が上野教会の聖堂の中に交錯した。

 ミサも、祝賀パーティーも、中国の人々と日本の人々、中国の文化と日本の文化を、キリスト教・カトリックの伝統を軸として融和させていこうという強い意志が見て取れる。そのすばらしさとパワーを感じるのと同時に、融和を導くのに努力なさっておられる中国センターのメンバーやスタッフの皆さんの苦労がしのばれた。

 祝賀会のプレゼンテーションでは、古代から現代まで続く中国と日本との交流史が紹介された。

 唐・長安が、世界一の文化都市であった時代に、唐の高官として、そして文化人として活躍した日本人・阿倍仲麻呂。近代の日本に来日し、日本人の友人であり続けた中国人の孫文や魯迅らがプレゼンテーションに登場した。いずれも、形としては一方の国の人間がもう一方の国で学んだり身を寄せるという関係の中にいながら、その実、中国人と日本人がお互いに高めあう「双方向」の交流であったということは、特に印象深い。

 私たちは、とかく、学ぶ側と教える側を固定して考えてしまいやすい。国と国との関係がからむと、それがさらに顕著になる。しかし、中日関係において偉大といわれる人々は、何らかの形で、相手国に対等な友人関係を持ち、互いの民族的文化的伝統を尊重しながら、固いきずなで結ばれていた。

  異なる文化・伝統を背負った人々が互いを尊重し合いながら対話し、友人として共存していくためには、大きなエネルギーを要する。それを維持し、発展させていく人々は、大きな努力を強いられる。単一の伝統を守るのに比べて、何倍もの苦労があるだろう。「きれいごと」で済む話ではない。異文化のはざまで、伝統と伝統の衝突で、誤解や摩擦は当然に生じる。しかし、その火花の中で、新しい相互理解、さらには新しい文化、新しい希望が生み出されていくことを、中国センターの皆さんの奮当たりにした私は信じている。

 中国センターが、これからも、お互いに異なる文化の出会いと創造の場であるように、私自身、ささやかながら交流に協力していければと思う。

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