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教皇大使から皆様へ
――春節のごあいさつ

中国人と日本人信徒
旧正月を共に祝う

新年に想うこと

 

 

いつの間にか、東京で3度目の春節(旧正月)を迎えました。幼いころ、1年の伝統行事の中でいちばん待ち遠しかったのは、やはりお正月でした。きれいな服、きれいなリボン・・・。指折り数えてお正月を待ちました。もっと早く来ればいいのに・・・、1年に1度だけなんてつまらない、そう思っていました。でも月日が流れ、大人になると、幼いころお正月に抱いたあの興奮は、次第に薄れていきました。親戚や友だちの家へのお年始回りは、電話、電子グリーティングカードに変わりました。これまで何度か、お正月のむなしさを感じ、大人になった悲しさや、商業社会の殺伐とした人間関係を、深く嘆いたことがあります。そして、幼いころの人情味あふれたあのお正月を、心のどこかで慕っていることに気づくのです。 

 中国を離れてからは、親しい人と会うことが少なくなりました。お正月は、一種のぜいたくになりました。お正月に新しい服を着る、子どものころのあの待ち遠しい気持は、一家だんらんの温もりを求める気持に変わりました。幼い時のように大はしゃぎすることはもうありませんが、それでも心の底では、一度は消えかかったあの楽しい思い出が湧いてくるのです。なぜなら、長い間故郷を離れている者にとって、帰省して年を越すのは、一種のぜいたくな望みになったからです。毎年春節になると、空港、駅、港の到る所は、慌しく行きかう人がひしめいています。ごった返す人の波、慌しい人の影、そして落ち着かない眼差しには、故郷に飛んで帰りたい気持や、家族への思慕の念が溢れています。 

 日本に来て、いつの間にか3年過ぎました。3年も故郷で新年を迎えていません。よく帰省はしますし、いつも電話で家族と話していますけど、お正月のあの感覚は別です。外国にいると、お正月ほど家族を想う日はありません。「節句のたびにいっそう家族をしのぶ」という言葉の意味を深く体験するのです。家族への想いは、切なく、苦い。時には目がはれることもあります。もっとつらいのは、日本の正月休みを利用して帰省した後、日本に戻る時です。街中に満ちる新年の雰囲気は、少々私を感傷的にしてしまい、日本に戻ることをためらわせます。空港で出国手続きをする時、両親の寂しそうな目を見るのは、とてもつらい。両親が私といっしょにお正月を過ごしたがっているのは、よくわかるのです。遠く離れて暮らす子どもと、もっとだんらんの時を過ごすこと。これが両親にとって、いちばんの望みであることもわかっています。 

 春節を迎える故郷は、どこもきれいな飾り付けで賑やかです。でも東の国日本では、何もなく寂しい。日本人にとっては普通の日でも、故郷を離れた私にとっては、特別な日だからでしょう。

  大学で教えていたある年、仕事の都合で、よそで新年を迎えました。年の瀬最後の数日、ほとんど毎日家族に電話しました。特に大晦日、爆竹の音を聞きながら電話で家族に新年のあいさつをした時など、ほとんど泣きそうでした。家族と離れて年を越すのは、本当につらいと感じました。ほんのわずかの時間しか離れていなかったのに、一人で過ごす新年のあの寂しさは、いまでも忘れられません。日本に来てからも、大晦日には、同じように電話線を通して、家族を想う私の気持を伝えます。新年を告げる鐘が鳴り始め、聞きなれた両親の声が受話器から聞こえても、私はあまり話しません。電話にはただ咽ぶ声が残るだけです。そんな時、唯一両親を安心させる知らせは、イエズス会中国センターで春節祝賀会があるのよ、このセンターは故郷を離れた人の家なのよ、と教えることです。

  家族から離れれば、たしかに孤独と寂しさが付いて回ります。でも、さいわい私たちには、自分の家である「イエズス会中国センター」があります。10数年の間、神父様やシスター、日本の方々の尽力で、困難を越え、私たちのような旅人を家族の温かさで迎えてくださいました。以前私は、神聖な教会は、信者の信仰と精神生活だけに関係していると思っていました。教会がこんなに親切で温かいとは考えてもみませんでした。ここなら、一人ぼっちの寂しさは慰められるし、疲れた顔も笑顔になります。

  旧正月2日目の2月2日、東京の朝はまだ寒かったけど、伝統行事を祝うために、みんな朝早くからセンターにやって来ました。入り口に「歓度春節」(新年おめでとう)と赤い字で、そして赤地に黒々と書かれた春聯が見えた時、泣けてきました。中国にいた時、春聯って俗っぽいなといつも思っていたのに、こんなにやさしく純朴だったなんて。喜びいっぱいの友人、笑顔、あいさつ、祝福…、みんな親しくなりました。

  荘厳な春節のミサの後、センターのボランティアコックさんたちが、新年のごちそうを準備してくれました。買出し、調理。みんな自分の休みを犠牲にして働いてくれました。心を込めた料理には、かれらの友情、家族への想い、親しい人への祝福が込められているのです。

  本場の中国料理には、ふるさとの情があります。パーティーの後、獅子舞と銅鑼・太鼓のお囃子で余興が始まりました。センターのお嬢さんたちの踊り、青年のパントマイム、黄梅劇(安徽省の伝統劇)、ザビエル会の合唱、上野教会の「上海の花売り娘」などなど。これらの出し物のおかげで、仕事や勉強のストレスのためにごぶさたになっていた朗らかな笑い声を思い出せました。最後に、上野教会信徒のみなさんの音頭で、文字どおり「マリア音頭」を輪になって踊りました。きれいな花、笑い声、拍手の中で、国籍、言葉、文化の違いも忘れてしまいました。同じ信仰で結ばれているのですから。

(陳 麗)


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